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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)647号 判決 1998年3月25日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

高橋典明

江野尻正明

越尾邦仁

被告

財団法人大阪労働衛生センター第一病院

右代表者理事

谷道之

右訴訟代理人弁護士

益田哲生

種村泰一

勝井良光

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告が被告の従業員の地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、二五六万円及び平成八年一月から毎月二五日限り三二万円宛支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行の宣言

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  事案の概要

本件は、被告が従業員であった原告に対して平成七年四月一四日付けでした懲戒解雇につき、原告が<1>解雇事由の不存在、<2>適正手続きの欠如、<3>不当労働行為を理由にその無効を主張して、従業員たる地位の確認及び同年五月分以降の月額三二万円の賃金の支払を請求した事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1(一)  被告は、肩書地で第一病院を経営する財団法人であり、第一病院は、内科、消化器科、心療内科などの診療科目があり、ベッド数約一八〇床の病院で、約一六〇名の正規従業員を擁している。

(二)  原告は、昭和五七年五月一日、被告に採用され、臨床検査科で稼働していた。

(三)  第一病院においては、平成六年六月一八日に、大阪医療労働組合第一病院分会(以下「分会」という。)が結成され、原告は、分会の分会長である。

2(一)  原告は、分会結成以前から、公開質問状を出すなど、第一病院の病院長小竹源也(以下「小竹院長」という。)の病院運営が強権的であると批判していた。

(二)  被告は、平成四年九月二一日、原告が第一病院の連絡会議に出席した際、被告の指示に反して、連絡会議の議事録を作成し、臨床検査科職員に配布したとして、原告を譴責処分(以下「本件譴責処分」という。その内容は、別紙1<略>記載のとおりである。)に付し、始末書の提出を求めた。

(三)  被告は、平成六年四月一日付けで、本件譴責処分後も原告が反省の色を示さず、小竹院長や上司を誹謗、中傷、罵倒したり、業務指示に従わないなどとして、原告を臨床検査科主任から臨床検査科員に降格する旨の処分をした(以下「本件降格処分」という。その内容は、別紙2<略>記載のとおりである。)。

(四)  被告は、さらに、平成六年六月八日付けで、原告に対し、警告文を発し、本件降格処分後の原告の言動が就業規則に反するとし、これ以上続ければ放置できない旨警告した(以下「本件警告」という。その内容は、別紙3<略>記載のとおりである。)。

(五)  被告は、原告に対し、平成七年一月以降原告が二名の従業員と共に業務命令違反や業務妨害等を繰り返したことを理由として、同年二月二七日付けの厳重注意書を交付して、厳重注意を行った(以下「本件厳重注意」という。その内容は、別紙4<略>記載のとおりである。)。

(六)  このように、原告と被告との間には紛争が絶えず、また、分会と被告との間でも種々の対立が生じたことから、大阪医療労働組合(以下「組合」という。)は、大阪府地方労働委員会に対して救済申立(同委員会平成六年(不)第七八号事件)をした。

3(一)  被告は、平成七年三月二七日、原告に対し、原告が同月二五日の就業時間中に臨床検査科長の角正繁美(以下「角正科長」という。)に対して行った暴力行為が被告の就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するとして、処分の決定までの間の別紙5<略>記載のとおり自宅待機を命じた。

(二)  そして、被告は、平成七年四月一四日、原告に対し、<1>原告が同年二月二七日に角正科長に対して、スチール製の机の側面を蹴り上げ、「こら、また逃げるんか。こちらへ来い。」などと怒鳴りながら、その着衣を掴んで引き寄せるなどの威嚇的行動、暴力行為を加えたこと(以下、この事件を「本件第一事件」という。)及び<2>同年三月二五日に原告が角正科長を突き飛ばして転倒させ腰部打撲等の傷害を負わせたこと(以下、この事件を「本件第二事件」という。)が、被告の就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するとして、懲戒解雇の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という。その内容は、別紙6<略>記載のとおりである。)。

三  原告の主張

1  懲戒解雇事由の不存在

(一) 本件第一事件については、原告が角正科長との話し合いを求めた際に、原告の足が机に当たって音を立てたことや検査室から外へ出ようとした角正科長を制止しようとした際原告が角正科長の右袖に触れた程度のことはあったとしても、それ以上の言動に及んだ事実はない。

(二) また、本件第二事件についても、原告が角正科長に暴力を振るったことはない。

2  適正手続きの欠如

被告は、平成七年四月一二日になって、本件第二事件について、初めて原告から形ばかりの事情聴取を行ったのみで、その二日後に本件懲戒解雇を通告した。

すなわち、被告は、本件第一事件については原告から事情聴取を行っていないのであるから、これを懲戒解雇事由とすることは許されない。また、本件第二事件についても、原告に告知、聴聞の機会を充分与えていないのであるから、本件懲戒解は(ママ)、手続きの適正を欠き、無効である。

3  不当労働行為

本件懲戒解雇が行われるに至るまでの経緯や本件懲戒解雇に当たって採られた手続きに鑑みれば、本件懲戒解雇は、被告が小竹院長の強権的病院運営を批判し、分会の活動の中心となっていた原告を排除する目的で意図的に行われたというべきである。

よって、本件懲戒解雇は、不当労働行為に該当し、無効である。

四  被告の主張

1  本件懲戒解雇に至る経緯

(一) 本件譴責処分

第一病院においては、平成四年四月以降月に一回の割合で、連絡会議を開催している。この連絡会議は、院長の諮問機関で、院長、事務長のほか医局会、看護婦会など八部会の代表で構成されているが、率直な発言の妨げにならないよう、発言者の特定につながる議事録等の作成、配布をしないよう確認され、その旨が指示されていた。

しかるに、原告は、これを無視して議事録を作成し、担当科以外に配布したため、被告は、原告の右行為を職務上の指示に従わず、院内秩序を乱そうとしたものと判断し、原告を本件譴責処分に付したのである。

なお、原告は、本件譴責処分後、被告に対し、平成四年一〇月二日付けの始末書を提出したが、この始末書の内容は、自らの行為の正当化に終始し、真摯な反省を示すものではなかった。

(二) 本件降格処分

原告は、本件譴責処分後も反省の色を示さず、業務指示に従わず、小竹院長や上司を罵倒、中傷したばかりでなく、無断で第一病院の掲示板にビラを貼付したり、大声で上司を威嚇するなどの秩序紊乱行為を繰り返した。原告は、さらに、サークル活動に便乗して第一病院を誹謗、中傷したため、被告は、原告の主任を解き、本件降格処分に付したのである。

(三) 本件警告

原告は、さらに、院長室に押し掛けて小竹院長に本件降格処分の撤回を強要し、小竹院長を罵倒したばかりでなく、小竹院長を威嚇する行動を繰り返したほか、上司に脅迫的言辞を浴びせるなどした。

そこで、被告は、本件警告を行ったが、原告は、このような混乱を惹起したすべての責任は小竹院長にある旨を記載した文書を寄せるなど、反省の態度をみせなかった。

(四) 本件厳重注意

第一病院では、従来採血業務を各科の外来で行っていたが、平成七年一月以降は、二階の検査室で行うこととした。原告は、これに反対し、他の二名の従業員と共に、平成七年一月七日には上司らが採血コーナーにあった器物を撤去しようとしたのを妨害して業務命令に違反し、同月九日には検査室での採血業務の準備を妨害した上、酢酸に浸した紙をゴミ箱に入れ、辺りに異臭を充満させるなど、業務命令違反、業務妨害を行った。さらに、原告は、平成六年一二月一九日以降角正科長に対する暴言、威嚇行為を繰り返していたが、平成七年二月一七日及び一八日、二名の従業員と共に、角正科長に対し、身体を異常なまでに接近させて暴言を吐いたり、威嚇したりし、臨床監査室を出た角正科長を追いかけて前面に立ちふさがり、角正科長の制止を聞き入れず、体を接近させ、角正科長を壁面に押し付けるなどしただけでなく、怒声を張り上げ、角正科長のポケットに手を差し入れ、所持していた書類を取り上げようとして、病院内の秩序を乱し、同月二一日には、角正科長名の指示書等を破り捨てる行為に及んだため、被告は、原告及び二名の従業員に対し、今後このような行為を行わないよう本件厳重注意をした。

しかし、原告及び二名の従業員は、本件厳重注意が分会の組合員を意識的に挑発、誹謗、中傷するものであるなどと主張し、第一病院に謝罪を求めるなど、反省はなかった。

2  本件懲戒解雇

(一) その後、原告は、本件第一事件及び本件第二事件を惹き起こした。

(二) そして、原告は、本件第二事件に関して被告が行った事情聴取に対して、自分は何もしていない。角正科長が勝手にころんだなどと主張して全面的に否定し、反省の態度をみせなかった。

そこで、被告は、これまでの経緯や原告に反省の色がないことなどの事情を勘案し、これ以上放置できないものと判断し、本件懲戒解雇を行ったのである。

3  適正手続きの欠缺について

懲戒手続きについては、被告の就業規則六三条が「懲戒は懲戒審査の議をえて、病院長これを行う。」と規定するのみであるところ、被告は、本件懲戒解雇をなすに当たって、平成七年四月一一日に角正科長から、同月一二日に原告から、それぞれ事情聴取を行い、同月一三日、懲戒審査を行った。

したがって、本件懲戒解雇には、手続違背はなく、有効である。

4  不当労働行為について

(一) 本件懲戒解雇は、本件第一事件及び本件第二事件を理由とするもので、原告は、本件第二事件で角正科長に傷害を負わせるという重大な結果を発生させながら、これを否認して非を認めないばかりでなく、逆に角正科長を非難、中傷するとの態度に終始した。そこで、被告は、第一病院の秩序維持のため、やむなく本件懲戒解雇を行ったのである。

(二) また、本件譴責処分、本件降格処分及び本件警告がなされたのは、分会の結成前であり、右処分等が労働組合に対する敵視に基づくものでなかったことが明らかである上、被告は、他に分会に対する不当労働行為と目されるような振る舞いに及んだことはない(なお、平成七年に入ってから、分会との団体交渉が中断したことがあるが、これは、阪神・淡路大震災の影響や被告側の担当者の急死などに起因するものであって、組合を嫌悪し、これに打撃を与えるなどの不当な意図に基づくものではない。)。

(三) 右のとおり、本件懲戒解雇が不当労働行為に該当しないことは明らかというべきである。

四(ママ) 争点

1  本件懲戒解雇の理由(本件第一事件及び本件第二事件)の存否

2  本件懲戒解雇を行うに当たっての適正手続違反の存否及びそれが本件懲戒解雇の効力に及ぼす影響

3  本件懲戒解雇が不当労働行為に該当するか否か。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する当裁判所の判断

一  本件懲戒解雇の理由(本件第一事件及び本件第二事件)の存否

1  前記当事者間に争いのない事実、(証拠・人証略)、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 本件第一事件

(1) 原告は、平成七年二月二七日午後四時ころ、検査室で、外注先の会社の社員と打合せをしていた角正科長に対し、院長室長の大屋幸雄(以下「大屋室長」という。)から原告を含む三名に呼出の電話があったことに関し、右呼出の理由については、角正科長には既に知らせてあるとのことであるが、どういうことかなどと質問した。

角正科長は、来客中であるから後にしてほしいと頼んだが、原告は、これを聞き入れず、右の趣旨の話しを一方的に始めたため、角正科長は、右外注業者との用談を打ち切らざるを得なかった。

(2) そして、角正科長は、原告に対し、第一病院発令の注意書を原告を含む三名に渡すとの連絡がありましたと説明したところ、角正科長が採血業務の一部を検査科職員が行うことについての実習の科員別スケジュール等につき周知徹底を図るなどの目的で作成し、原告ら検査科職員に対し、確認のため、了承の署名押印を求めるために掲示した指示書(<証拠略>)なる文書につき、原告は、右指示書はそのために出したのかなどと大声で怒鳴りながら、角正科長に詰め寄り、角正科長の脇にあったスチール製の机の側面を二度にわたって蹴り上げた。原告は、さらに、院長とぐるになりやがってなどと大声で叫びながら、角正科長に詰め寄ったところ、危険を感じた角正科長が室外に出て、手術部に向かって、「先生来て下さい。」と声をかけた。すると、原告は、角正科長に走り寄り、「こら、また逃げるんか。こっちへ来い。」などと叫びながら、角正科長の着衣を掴んで引き寄せるなどの行動に及んだ。そして、角正科長が、検尿窓口脇の柱にしがみついたところ、検査科員の笠原伸子(以下「笠原」という。)が制止したため、原告は、角正科長から手を放した。

(二) 本件第二事件

(1) 原告が提出した平成七年三月分の勤務報告書には、時間外手当欄に同月二三日に三〇分間の残業をした旨の記載がなされていた。角正科長は、右残業報告に一旦承認印を押したものの、後刻、原告が、同日、用事があるので早く帰ると述べて終業時刻直後に退出したことを思い出した。

(2) そこで、角正科長は、平成七年三月二五日午前九時一五分ころ、原告の席に赴き、事情を説明して、原告に事実の確認を求めたところ、原告は、自席に座っていたが、角正科長が話しかけると席を立ち、後方の流し台の方を行くなどして、角正科長を無視するかのような態度をとった。

(3) 角正科長は、原告に対し、「甲野さん、すみません。もう一回確認させて。」などと述べたところ、原告は、「忙しいからそんなん後にしろ。」と告げた上、角正科長による三月二三日は午後五時すぎに退出したのではないかとの指摘に対しては、「証拠があるのか。」、「実際に見てたのか。」などと述べてこれを認めようとはしなかった。その後、原告は、自席の前に出てきて、五、六〇センチメートルの間隔を隔てて、角正科長と向かい合うような形となった。

そして、角正科長が、タイムカードと合わせて一緒に確認するよう求めたのに対して、原告は、「今忙しい。仕事中だ。」などと述べた上、「どけ。あっちへ行け。」などと怒鳴りながら、角正科長の肩付近を両手で突き飛ばした。

角正科長は、そのはずみで、バランスを失い、後方によろけて、右足踵部をスチール製椅子の脚部に衝突させた後、右に体を捻転させるような形で、実験台の角に右腎部をぶつけた後、この実験台脇の床面に転倒した。

(4) 角正科長は、右事件により、気が動転し、放心状態のまま転倒後しばらくは立ち上がれなかったが、原告は、これに対し、「俺は何もしてへん。角正が勝手にこけた。これは芝居や。演技や。」などと言っていた。

角正科長は、検査科員の松尾ケイ子(以下「松尾」という。)に電話を依頼し、松尾が大屋室長に電話をかけようとしたところ、原告は、転倒している角正科長を飛び越えて走り寄り、「松尾さん、何処へ電話するんや。」などと述べて、電話を制止した。

角正科長は、歩み寄ってきた笠原の手を借りて立ち上がろうとしたが、ショックで立つことができず、実験台に持たれかかるような恰好でその場にしゃがみ込んでいたが、その後、立ち上がり、近くの椅子に坐って、総務課に電話をかけて、右の事情を報告した。

そして、角正科長は、一階へ降り、第一病院の整形外科の医師藤井敏之の診察を受けた。

(5) 角正科長は、原告の右行為により、一週間の入院加療を要する腰部打撲、右踵骨部打撲、胃部打撲等の傷害を被り、平成七年三月二六日から同年四月一日まで第一病院に入院したが、退院後も、大阪市立十三病院に通院し、治療を受けた。

(6) 角正科長は、その後、本件第二事件を理由に、原告を告訴した。

(三) 原告は、本件第一事件及び本件第二事件が存在せず、あるいは些細な出来事を原告の不利益に誇張したものである旨を主張するので、この点について検討する。

(1)<1> 原告は、本件第一事件につき、スチール製の机を蹴ったり、角正科長に詰め寄ったこと、角正科長の着衣を掴んで引き寄せたことはなかった旨を述べる。

<2> しかしながら、(人証略)は、原告が角正科長が着席していた机の脇のスチール製の机を蹴り上げた旨を証言しており、また、原告と同じく分会の組合員である(人証略)の証言によれば、原告が自席を立って椅子に座っていた角正科長に一メートル程の距離に近づいた際、角正科長が着席していた机の右側の机辺りからスチール製品を叩いたときに出るようなバーンという音がしたのを約一メートルの距離から目撃した旨を証言していることからみて、原告がスチール製の机を蹴ったことは明らかである。

<3> また、(人証略)は、原告が検査室を出た角正科長を追いかけて、角正科長に接近したところ、角正科長が助けを求めて声を上げたので、原告に声をかけて制止したが、その際、原告と角正科長との間隔は手を延ばせば届く程であった旨を供述しており、これらのことからすれば、原告は、角正科長の間近に接近しており、かつ、当時の状況は、相当程度緊迫していたといえるのであるから、原告が角正科長に対し「詰め寄った」ことは、明らかである。

<4> さらに、原告が角正科長の着衣を掴んで引き寄せたことについては、前記認定のとおり、角正科長が検尿窓口脇の柱にしがみついていたこと、笠原が原告を制止するなどその場が相当緊迫した状況にあったこと、原告自身角正科長と身体的接触があったことは自認していることなどの事情や前掲各証拠に照らせば、容易に認められるというべきである。

<5> したがって、原告の前記弁解は、措信できない。

(2)<1> 原告は、本件第二事件を全面的に否定し、原告と角正科長に身体的接触はなく、角正科長が被告と通じて自ら意図的に転倒した旨を主張し、原告も、一貫してこの主張に沿った弁解する。

<2> 原告の弁解の要旨をまとめると、概ね次のとおりである。

原告が自席で仕事中、角正科長が原告の前に来て、タイムカードと照合するため勤務報告書を出すよう求めたのに対し、原告は、仕事中であることを理由に断り、自席の後方にある機器や流し台の方へ行くなど角正科長を無視する態度をとった。

すると、角正科長が同様の要求を繰り返したので、大学ノートを左手に持ち、仕事のふりをして検査室の外に出ようとして、自席の机の前に出たところ、原告と一メートル程の間隔を隔てたところにいた角正科長は、「キャー」という悲鳴を上げ、二、三歩後ずさりをした後左側に体をひねって反転し、原告に背を向ける形となって、三、四メートル小走りで前に進み、その間左肩ごしに振り返るようにして原告の方を見た。そして、角正科長は、付近の椅子を避け、S字形に椅子の間を縫うように、しっかりした足取りで小走りに進んだ後、三、四メートル先で右膝からひざまづくようにして、肘で自分の顔をかばうような恰好で、ゆっくりとスローモーションのようにうつぶせに倒れたが、転倒の際机や椅子にぶつかることはなく、転倒後、角正科長は、曲げていた両手両足をロボットがリモコンで動くように延ばし、原告が暴力を振るったと言い始めた。

角正科長は、一五秒間程の間倒れたままであったが、その間松尾に電話をかけるよう頼んだので、原告は、倒れている角正科長の脇を通り、松尾の近くまで行って電話をしないように言った。

角正科長は、板東が検査室に来たときに、脚をさすり、痛そうな素振りをしながら立ち上がり、その後、何事もなかったようにスタスタと歩いて検査室の外に出て、小走りで階段を下りて行った。

<3> しかしながら、右原告の弁解の内容は、いかにも不自然との感を免れない上、そのような態様で角正科長が転倒したのであれば、前記認定のような部位に負傷するとは思えない(なお、右傷害は、第一病院の医師である前記藤井敏之及び大阪市立十三病院の医師田中某作成の診断書(<証拠略>)により認定することができるが、右各診断書の内容が虚偽であることを窺わせる事情は認められない。)。

<4> さらに、右(人証略)は、前記認定の事実に沿う供述をしており、その内容自体ほぼ一貫し、不自然、不合理な点がなく、前掲各証拠に照らしても、充分信用に値する。さらに、右(人証略)も、原告が角正科長に近づき、延ばした右手が角正科長の左腕に当たった後、角正科長は、方向転換して転倒したところを目撃した旨を供述しており、この供述は、むしろ、右(人証略)の証言に近い内容であることや右(人証略)が分会の組合員で、原告と立場を同じくしていることなどの事情に鑑みれば、原告の前記弁解は到底措信することができない。

(四) 右判示のとおり、原告は、故意に本件第一事件及び本件第二事件を敢行したといわなければならず、これらの行為が被告の就業規則(<証拠略>)六二条四号(正当の事由なしに侮蔑し、他人に対して暴行脅迫を加え、又は上長に反抗もしくはその指示命令を守らなかったとき。)、五号(職務上の指示命令に不当に従わず、院内の秩序を乱したり乱そうとしたとき。)、一四号(前条第四号乃至第一〇号に該当し、その情状が重いとき。)、一六号(業務上の事由によらないで、刑法上の罪を犯し、病院が就業に不適当と認めたとき。)の各解雇事由に該当することは明らかである。

(五)(1) そして、原告は、本件懲戒解雇以前に、本件譴責処分、本件降格処分、本件警告及び本件厳重注意を受けた(これらの処分等が正当であることは、後記のとおりである。)にもかかわらず、本件第一事件及び本件第二事件に及んだばかりでなく、本件第二事件については、一貫して暴行の事実を否認し、角正科長の転倒は、原告や分会を陥れるため、角正科長が被告と相通じて行った芝居であるなどと主張し、何ら反省の態度を示さなかったのである。

(2) このような事情を考えると、本件第一事件及び本件第二事件について、懲戒処分を行うことはやむを得なかったというべきであり、また、処分の内容として懲戒解雇を選択したことも、量定として相当であって、重きに過ぎるとは到底いえない。

二  本件懲戒解雇を行うに当たっての適正手続違反の存否及びそれが本件懲戒解雇の効力に及ぼす影響

1  原告は、被告が本件第一事件につき原告から事情聴取を行っていないことや本件第二事件についても、原告に告知、聴聞の機会を充分与えていないことを理由に、本件懲戒解雇が手続きの適正を欠き、無効である旨を主張する。

2  しかしながら、本件証拠上、被告における懲戒手続きについては、被告の就業規則(<証拠略>)六三条が「懲戒は懲戒審査の議をえて、病院長これを行う。」と規定するだけで、それ以上の定めは見当たらない。

そして、(証拠略)によれば、被告は、平成七年四月一一日に角正科長から、同月一二日に原告から、それぞれ事情を聴取した後、同月一三日に、理事長、病院長、院長室長、総婦長等が構成する懲戒審査を実施した上で、本件懲戒解雇を行ったことが認められる。

3  使用者が懲戒処分を行う場合においては、就業規則等に定められた手続きを遵守しなければならないことはいうまでもないが、右判示のとおり、被告は、本件懲戒解雇を行うに当たって、懲戒審査を実施し、就業規則所定の手続きを履践している。

そして、それ以上にどのような手続きを行うかどうかについては、被告の使用者としての裁量に委ねられているというべきであるところ、被告は、少なくとも本件第二事件に関しては、原告から事情聴取を行っているのであり、本件懲戒解雇を行うに当たって、被告の採った手続きを不当と評すべき事情は窺えない。

4  よって、本件懲戒解雇に手続違背があったということができないばかりでなく、被告が行った手続きに何ら不当な点はないから、原告の右主張は採用し得ない。

三  本件懲戒解雇が不当労働行為に該当するか否か。

1  原告は、本件譴責処分、本件降格処分等の本件懲戒解雇が行われるに至るまでの経緯に照らせば、本件懲戒解雇は、被告が分会を嫌悪し、その弱体化を図るべく原告を排除する目的で行われた不当労働行為に該当し、無効である旨を主張するので、この主張の当否について検討する。

2  前記当事者間に争いのない事実、前掲各証拠(証拠略)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件譴責処分

(1) 第一病院では、平成四年四月から、月に一回の割合で連絡会議を開催するようになったが、右連絡会議は、病院長の諮問機関たる性格を有するもので、第一病院が直面している諸問題につき、病院長を交えて自由な意見を交換する会合であり、出席者は病院長、事務長及び医局会や看護部会など八部会の互選代表で構成されていた。右連絡会議の趣旨、目的から、出席者の率直な発言の妨げにならないよう、第一回の連絡会議の席上、発言者や発言内容が明らかになるような議事録等の文書の作成、配布をしない旨の確認、指示がなされていた。

(2) ところが、原告は、連絡会議の議事録を作成し、健康管理部、医事科など、原告が所属する検査科はもとより、それ以外の部署にも配布した。原告の作成した議事録は、各発言の内容や発言者を具体的に特定して記載したものであり、その記載を巡って病院内に摩擦が生じたこともあったことなどから、被告は、右原告の行為が、職務上の指示に従わず、院内秩序を乱そうとしたもので、被告の就業規則に違反すると判断し、平成四年九月二一日付けで原告を譴責処分(本件譴責処分)に付し、始末書の提出を求めた。

(3) 原告は、平成四年一〇月二日付けの始末書(<証拠略>)を被告に提出したが、その内容は、議事録の作成や配布は第一病院のためを思ってしたことであるというものであった。被告は、右始末書は原告が自らの行為を正当化するものにすぎず、真摯な反省を示したものではないと判断して、受理しなかったのに対し、原告は、被告に対し、内容証明郵便(<証拠略>)と共に、右始末書を送り返した。その後も、原告は、始末書を書き直し、結局、原告が被告に提出した平成四年一〇月二日付けの始末書は、都合三通となった(<証拠略>)。

(二) 本件降格処分

(1) 原告は、第一病院の二階にある全自動血清蛋白分画機器を担当していたが、被告は、受診者用更衣室の増設や一階で稼働していた他の検査科員との意思疎通の必要性を考慮して、全自動血清蛋白分画機器を一階の臨床検査室に移転し、原告を他の検査科員と同じ部屋で業務を行わせることとし、平成五年二月六日、原告に対し、その旨の指示を行った。しかし、原告は、この指示に従わなかったため、右移転計画の完了は大幅に遅れて同年七月二二日になった。

また、原告は、平成五年九月一九日に東京で開催される業者主宰のゼミナールに出席するため、出張を申し出たが、小竹院長は、相当でないと判断し、右出張を許可しなかった。すると、原告は、同年八月三〇日以降、再三にわたり、被告の総務部や小竹院長に対し、出張を認めなかったことに抗議をしたり、院長室に押しかけて小竹院長に暴言を浴びせるなどした。

さらに、原告は、第一病院事務次長の笠原隆行(以下「笠原次長」という。)に対し、平成五年二月八日以降同年一〇月二一日までの間に、数回にわたり、「おまえは西村事務長の黒幕か。」、「笠原次長は出張手当を不正受給している。」、「笠原はこの病院をつぶす。」等の暴言や中傷を繰り返したりした。

(2) 原告は、平成五年九月一三日付けのサークル活動(手話サークル)の機関紙(<証拠略>)に、被告が実施した「四週六休制」を従業員の労働強化であるとして批判する文章を掲載し、「病院の経営を担当し、それを業務とする者は、病院立て直しの具体的方針を出せず、その責任を多くの職員になすりつけ、・・・人減らし中心にやっています。」、「『四週六休』は、今や世間の常識であり、これまで放置してきたのは、第一病院の経営を担当する者の怠慢にほかなりません。」などと批判した。

(3) 原告は、平成五年九月一一日、手話サークルの代表として、「ごまかしの『四週六休』反対!」と題する文書(<証拠略>)を無断で病院の掲示板に掲示し、文中で「経営をあずかる者は、その方針も出せず、責任を職員になすりつけている」などと被告を非難した。そして、原告は、被告が右文書を撤去したことについて、笠原次長や総務課員の本村幸裕(以下「本村」という。)に食ってかかり、暴言を浴びせるなどした。

また、原告は、平成六年三月二二日、「『よつ葉会』解散劇のウラに隠されているもの・・・」と題する文書(<証拠略>)を従業員に配布し、「『よつ葉会』に入会していない職員が一六〇名中七〇名も出たことに不安をもった小竹会長は、全ての職員が命令下で動く『厚生会』を画策し、それを“踏み絵”と忠義をつくすバロメーターとし、『よつ葉会には金を出さんぞ!』とおどしながら、片岡幹事長を表舞台で利用し、今回の『厚生会』を強行につくりあげた、というのが、そのシナリオである。」と非難し、さらに「小竹会長は一人二役の役者さん?…正義の味方か悪役か、その正体は?…」との見出しのもとに、小竹院長が第一病院の院長と厚生会の会長を兼ねていることを批判した上で、「こうした一人二役の名演技は、これからもあらゆる所でくり広げられることだろう。甘い言葉もささやくだろう・・・今回の『厚生会』が“親睦”という名の美しい化粧と衣装に身をつつんでも、実は、病院経営のまずさと、各職場や職員にもたらされている矛盾から目をそらし、ごまかすためのトリックである事を我々は客席から見抜いている事を忘れてはならない。」などと批判した。原告は、さらに、平成六年三月二九日にも、よつ葉会から厚生会への移行に関連して、小竹院長と片岡幹事長との間に「ウラ取引き」がある旨を記載したビラ(<証拠略>)を従業員に配布した。原告は、それ以外にも、第一病院の経営を激しく批判する内容のビラ(<証拠略>)を配布したり、第一病院に掲出するなどした。

(4) 原告は、そのころ、臨床検査科主任の地位にあり、月額一万五〇〇〇円の主任手当の支給を受けていたが、被告は、原告の右各行為が、本件譴責処分に当たって原告が提出した始末書の決められたルールを守り職場秩序を乱すことはしないとの趣旨に反し、原告が一般職員の模範となるべき臨床検査科主任に相応しくないと考え、平成六年四月一日付けで原告の臨床検査科主任を解き、臨床検査科員を命ずる旨の辞令(<証拠略>)を発した(本件降格処分)。

これに対し、原告は、本件降格処分が不当であると主張して、辞令を小竹院長に突き返し、被告が作成した本件降格処分の理由書(<証拠略>)も、不満であるとして、床の上へ放り投げた。また、原告は、「理由の無い辞令は受け取れないし、認められない。職権の乱用をするな。院長は経営不振人手べらしの責任を取れ。イヤガラセ人事をするな。」などと記載した文書(<証拠略>)を病院に寄せた上、平成六年四月二五日付けの「小竹院長の人間性、指導力の無さのあらわれ」などと記載した文書(<証拠略>)を従業員に郵送して、配布した。

(三) 本件警告

(1) 原告は、平成六年四月一日付けの本件降格処分に関し、前記のとおり、小竹院長に辞令を突き返した後、その取消しを求めて院長室に押しかけたほか、同日から平成六年五月一九日までの間に、十数回にわたって、小竹院長の制止を振りきって院長室に入ったり、小竹院長の退去命令に従わず、また、帰宅途中や食事中の小竹院長に付きまとうなどして、小竹院長に対し、執拗に本件降格処分の撤回を要求したばかりでなく、このような原告を止めようとした笠原事務次長らに対しても暴言を吐いたり、小竹院長が施錠した院長室の扉を叩き続けたりした。

(2) 笠原事務次長は、平成六年六月三日、第一病院の共用設備である第一教室内に本やビデオ等手話サークルの物品が放置されていたため、原告に対し、これを移動するよう指示したところ、原告は、第一病院が手話サークルの活動に圧力をかけている、今後も続けるなら笠原事務次長に手話の団体、身障者の団体から圧力をかけてやるなどと告げた。

(3) 被告は、原告の右言動が、本件降格処分後も第一病院の秩序を乱す行動を繰り返したものと判断し、平成六年六月八日付で、原告に対し、注意、警告書(<証拠略>)を発し、原告の右各行動が被告の就業規則に抵触するもので、「これ以上続ければ放置出来ないので、就業規則を遵守されるよう希望する。」との警告(本件警告)を発した。

これに対し、原告は、小竹院長に対し、平成六年六月一〇日付の文書(<証拠略>)を発した。原告は、この文書において、院長室に押しかけた行動については「職員の当然の権利として、院長室に話合いを求めに行ったのであり、そのことを一切無視し、職権を乱用し、非民主的な経営を強行している小竹院長こそ、その姿勢を正すべきである。」と反論し、手話サークルの件については「第一病(ママ)室からの、本やビデオ等の撤去命令は、誰の目にも不当であり、『手話サークル』活動への妨害であり、・・・」と非難した上で、「このような混乱を招いている全ての責任は、院長小竹源也にある。」と主張した。

(四) 本件厳重注意

(1) 第一病院においては、従来採血業務を各外来、各病棟で行っていたが、検査室が一階から二階に移設され、改造されたのに伴い、検査室の中に採血コーナーを設け、採血コーナーで専ら採血業務を行うこととした。この措置は、採血場所の集中により血液感染をできる限り防止すること、検査科の業務が機械化、自動化により減少する傾向にあったこと、看護婦が採血業務から開放され、本来の看護業務に専念できることなどの事情に基づくものであったが、当初、検査科員は右措置に反対の意向を示していた。しかし、七名の検査科員のうち角正科長、科長補佐の八尾宏(以下「八尾科長補佐」という。)、松尾及び永目絹代(以下「永目」という。)の四名は、被告の計画に理解を示すようになったが、原告、宮本義雄(以下「宮本」という。)及び笠原の三名の科員(いずれも分会の組合員)は、採血の際に一階から二階に上ることが患者の負担増になり、また、採血コーナーの設置が検査科員の労働強化になることを理由に、これに反対した(なお、被告の計画は、入院患者については従来どおり各病棟で採血を行い、二階へ上がるのが困難であったり、点滴を伴う外来患者についても、従来どおり一階で採血を行うというものであった。)。

(2) 原告、宮本及び笠原は、採血コーナーに予定された場所に検査機器を置くなどして、採血コーナー設置を妨害したので、角正科長は、原告、宮本及び笠原に対し、平成六年一二月二九日付で業務命令を発し、平成七年一月六日までに採血コーナーの場所を空けるように指示した(<証拠略>)。しかし、原告、宮本及び笠原は、右業務命令に従わず、前記検査機器を撤去しなかったため、角正科長は、平成七年一月五日、同月九日から看護婦一名が午前中検査室で採血業務のために常駐することを伝え、あわせて、二階へ行くのが困難と思われる患者については各外来で判断、対処する旨を記載した書面(<証拠略>)を示して説明し、協力を求めたが、原告、宮本及び笠原は、これに応じなかった。

(3) そこで、角正科長は、前記検査機器の撤去を総務課に依頼した。

右依頼を受けて、笠原事務次長ら九名は、平成七年一月七日、検査室に赴き、笠原事務次長が小竹院長の業務命令書(<証拠略>)を読み上げ、採血コーナーの準備をするよう命じたが、原告、宮本及び笠原が従わなかったため、笠原事務次長ら九名は、検査機器類の撤去作業に取りかかった。

これに対し、原告は、大声で、「お前は何で来たんや。」、「業務命令なら何でも聞くのか。」などとくってかかり、机を叩いて威嚇するなどの行動を繰り返して、撤去作業を妨害した。また、その際、原告は、試験管に入っていた検査用の尿を笠原次長にかけるという行為に及んだ。

(4) 総婦長の藤村起代(以下「藤村総婦長」という。)は、平成七年一月九日朝、看護婦一名と共に、同日から検査室で採血業務を実施するための準備にかかっていたところ、原告は、藤村総婦長らにビラを突きつけたり、採血机の上に身を乗り出すなどした上、「俺らと話合いをしないで名ばかりの総婦長やないか。」と暴言を吐き、藤村総婦長に付きまとうなどした。さらに、原告は、酢酸を浸したティッシュペーパーをゴミ箱に入れ、このゴミ箱を藤村総婦長の側に持ってきて、辺りに異臭を充満させるといった行為に及んだ。

藤村総婦長及び看護婦一名は、まもなく準備作業を終えて検査室を退出したが、その後、原告は、その日の夕刻に至るまで、角正科長に付きまとったり、顔を寄せて怒鳴ったりしたため、松尾が促して角正科長を帰宅させたが、角正科長が退出する際にも、原告は、その後を追いかけるなどした。

また、原告は、平成七年一月一一日、採血コーナーに無関係の物品を持ち出し、角正科長が片付けると、再び持ち出すなどの行動を繰り返したほか、日報を作成していた角正科長に対し、「今何を書いていた。」、「俺の悪口を書いてたんか。」、「見せろ。」などと述べ、角正科長の白衣のポケットに手を入れて右日報を取り上げようとするなどしたばかりでなく、同月一二日にも、採血コーナーに物品を持ち出し、角正科長が片付けると原告がまた持ち出すといったことを繰り返し、さらに、酢酸を浸した紙片―を採血コーナーのゴミ箱に捨て、周囲に異臭を漂わせた。

(5) 婦長の河合きぬ枝(以下「河合婦長」という。)は、平成七年二月一〇日、検査科員に対する採血業務の講義を行った。原告、宮本及び笠原は、右講義は受講したものの、その後に行われた実習を拒否した。そこで、角正科長は、平成七年二月一七日に「指示書」(<証拠略>)を掲示し、実習の科員別スケジュール等につき周知徹底を図るとともに、これを了承する者は同月一八日午前までに確認印を押捺するよう指示した。この指示に対し、角正科長をはじめ八尾科長補佐、松尾、永目の四名は確認印を押したが、原告、宮本及び笠原は、確認印を押捺せず、角正科長に詰め寄って、右指示書を掲出したことに激しく抗議した。そして、原告、宮本及び笠原は、その見幕に押されて検査室を出た角正科長の後を追い、廊下で原告が角正科長を壁面に押しつけるなどしたが、角正科長が助けを呼んだため解放した。

(6) 原告、宮本及び笠原は、前記指示書で指定した期限(平成七年二月一八日午前)を過ぎても、確認印を押捺しなかったが、同日の終業時(同日は土曜日で終業時刻は午後零時三〇分)ころになって、原告、宮本及び笠原は(なお、宮本は、当日年次有給休暇を取得していたが、第一病院に出てきていた。)、角正科長に対し、「採血の意義を説明しろ。」、「誰の指示で指示書を出したのか。」、「指示書の内容を説明しろ。」などと激しい口調で質した。角正科長は、その勢いに押されて、検査室外に出た後、バッグを置き忘れ、また、指示書を掲示したままであることに気付いたが、原告、宮本及び笠原の態度を怖れ、検査室に戻ることができないまま、廊下でためらっていた。そこに小竹院長、藤村総婦長、本村、松尾が通りかかり、角正科長から事情を聞いた後、角正科長と共に検査室に入室することになったが、小竹院長は、事態の紛糾を避けるため、検査室には入らないこととした。原告、宮本及び笠原は、藤村総婦長と共に検査室に戻ってきた角正科長を取り囲み、「どうして本村が来たのか。」、「何で連れて来たのか。」などと怒声を浴びせた後、指示書を外して検査室の外に出た角正科長の後を追いかけ、原告が角正科長の前に回り込んで進路をふさいだ上、宮本が指示書を取り上げようとして角正科長の着衣のポケットに手を入れるなどした。これを見た小竹院長が、「こらっ。暴力やめんか。」と声を上げたところ、原告は、ポケットからカメラを取り出して小竹院長を撮影し、小竹院長が重ねて暴力を止めるよう言ったところ、原告、宮本及び笠原は、角正科長を解放した。

(7) 原告、宮本及び笠原は、結局、前記指示書に確認印を押さなかったが、平成七年二月二〇日付で、角正科長に対し、「回答書」(<証拠略>)を提出した。原告、宮本及び笠原は、右回答書の中で、指示書記載の実習を承諾することとし、確認印を押捺するとの申出にもかかわらず、角正科長が振り切ってしまった旨及び採血の実習スケジュールを承諾することによって前記指示書に対する回答とするとの趣旨が記載されていた。そして、原告、宮本及び笠原は、平成七年二月二一日、八尾科長補佐を通じて、角正科長に対し、指示書に捺印するから指示書と回答書を渡してほしいと申し出たのに応じて、角正科長は、八尾科長補佐を通して、原告に対し、右二通の書類を交付しようとした。原告は、角正科長に対し、右回答書に了解した旨を記載するよう求め、角正科長が断ったところ、突然右二通の書類を破り捨ててしまった。

角正科長は、右指示書が破棄され、また、原告、宮本及び笠原が実習に同意したことから、平成七年二月二三日、改めて「指示および連絡書」(<証拠略>)を作成し、掲出したが、右書面には、実習スケジュールの再確認及び同年三月の採血予定が記載され、これを了承した者は署名、捺印するよう記載されていた。原告、宮本及び笠原は、数度にわたり右書面の掲示を外し、また、右書面が角正科長個人が作成したものであるとし、被告の責任ある対応を求めるビラ(<証拠略>)を発行するなどしたが、結局、自分たちの主張を書き加えた上で、右書面に確認の署名と捺印をした。なお、検査室における採血業務は、平成七年一月九日以降看護婦の手で行われ、同年二月に検査科員に対する講義、実習が行われた後、同年三月から看護婦の指導の下で検査科員が行うとの経過を経て、検査科員へ移行された。

(8) 被告は、原告、宮本及び笠原の前記平成七年一月七日、同月九日、同年二月一七日及び一八日、同月二一日の行動が就業規則違反、業務命令違反、業務妨害に該当するものであると判断し、原告、宮本及び笠原の三名に対し、平成七年二月二七日付の厳重注意書(<証拠略>)を交付し、以後このような行動をとらないよう求めた。

これに対し、分会、原告、宮本及び笠原は、平成七年三月二日付で被告に回答書(<証拠略>)を寄せ、右厳重注意が事実を歪曲し、分会の組合員を意識的に挑発、誹謗、中傷するものであり、断じて許せないなどと主張した上、小竹院長に謝罪を求めた。

(五) これに対し、原告は、右各処分等の理由とされた非違行為につき、その一部を否認し、あるいは態様が事実に反する旨を弁解するので、この点について検討する。

(1) 本件警告に関して

<1> 原告は、その理由とされた共用設備(第一教室)からの本やビデオの撤去命令が手話サークルの活動の妨害であるとするが、前記認定のとおり、笠原次長が撤去を求めたのは、第一教室が共用設備であるとの性格に基づくものであって、その使用自体を制限したのではないから、原告の右批判は当たらない。

<2> 原告は、さらに、院長室に押し掛けたのは二回程であったとするが、前掲(証拠略)(小竹院長の報告書)及び被告が発した本件警告(<証拠略>)にはその回数が十数回と記載されていたにもかかわらず、これに対する原告の反論書(<証拠略>)にはこの記載に対する反論が示されていないこと、その他前掲各証拠に照らして、右弁解は措信できない。

(2) 本件厳重注意に関して

<1> 原告は、こぼれた酢酸を拭きとったティッシュペーパーで床の汚れをとろうとしたとするが、右弁解は、それ自体不自然である上、裏付けとなる証拠がなく、採用できない。

<2> 原告は、平成七年二月一七日に角正科長を追いかけたのは、角正科長が原告、宮本及び笠原が捺印しようとした指示書を持って行こうとしたからであるとするが、このことを裏付ける的確な証拠はない。また、原告は、同日角正科長を追いかけていないとするが、前掲各証拠に照らして、この弁解は措信できない。

<3> 原告は、指示書を破り捨てたことにつき角正科長が了解していたとするが、右事実を認めるに足る証拠はない。

(3) 右判示のとおり、原告の弁解は、いずれも採用できない。また、原告は、右の点以外にも、縷々弁解をしているが、いずれも採用できず、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

3  右認定の事実関係に基づき、原告の不当労働行為の主張について検討する。

(一)(1) 原告は、本件懲戒解雇に至る被告の一連の処分等を考慮すれば、本件懲戒解雇が不当労働行為に該当し、無効である旨を主張する。

しかしながら、本件譴責処分、本件降格処分及び本件警告が行われたのは、いずれも分会結成の前であり、そのころ、分会の結成が具体化していたり、被告が分会結成の動きを察知し、これに対抗しようとしていたなどの事情を認めるに足る的確な証拠はないから、右各処分が被告の分会に対する不当労働行為であったとする余地はない。

(2) また、本件厳重注意は、分会結成の後に行われたものではあるが、前記認定の事実によれば、本件厳重注意の理由とされた原告、宮本及び笠原の諸行為は、いずれも労働組合活動などとして正当化することのできないものであり、業務命令違反、業務妨害に該当するといわなければならない。

そして、右諸行為に至る経緯やその態様に照らせば、被告が右諸行為を理由として、本件厳重注意に及んだことは、やむを得ないというべきであり、これが、分会を嫌悪したり、その排除や弱体化を目的としてなされたということはできない。

(二) さらに、本件懲戒解雇についても、その理由とされた事実が存在したことは前記認定のとおりであり、これが被告の就業規則の懲戒解雇事由に該当することも、前述のとおりである。そして、その態様が、上司である角正科長に暴行等を加え、負傷させるといった重大性を有し、看過し得ない性質のものであるといえる上、原告は、本件譴責処分、本件降格処分、本件警告、本件厳重注意の理由とされた行為はもとより、それ以外にも数多くの非違行為を繰り返してきたこと、右各処分等を受けながら、改善がみられなかったこと、本件懲戒解雇の理由となった角正科長に対する暴行についても、全面的に否定し、全く反省を示さなかったことなどの事情を考えると、被告が、本件懲戒解雇に及んだことには充分な理由があるといわなければならず、被告が本件懲戒解雇を利用して、原告を排除し、もって分会の弱体化などの目的を遂げようとしたとすることはできない。

(三) 確かに、(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、第一病院においては、小竹院長の経営を巡って、労使間に紛争が生じていたこと、第一病院の従業員が労働条件の改善等を求めて分会を結成したこと、分会結成当初から、分会と小竹院長との間に紛争が絶えなかったこと、組合が時間外労働手当の不払を理由に被告を告発したり、組合が被告を相手方として大阪府地方労働委員会に対して不当労働行為救済申立(同委員会平成六年(不)第七八号事件)を行い、同委員会が平成八年一二月二七日に被告が分会と平成六年七月一二日に交わした確認書で定められた事項の不履行や宮本に対する処遇等が不当労働行為に該当するとの内容の救済命令を発したことが認められる。

そして、これらのことから、被告と分会の間においては、相当深刻な対立状況があったことが窺えるのではあるが、前記判示の事情に照らせば、右の点を考慮してもなお、本件懲戒解雇は、被告の就業規則所定の懲戒事由に基づくものであり、かつ、量定も相当であるから、不当労働行為に該当するということはできない。

(四) よって、原告の本件懲戒解雇が不当労働行為に該当し無効である旨の主張は採用しない。

第五結語

以上判示の次第で、本件懲戒解雇に違法な点はなく、したがって、本件懲戒解雇は有効というべきであるから、その無効を前提とする原告の本件各請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当といわなければならない。

よって、本件各請求は、いずれもこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 長久保尚善 裁判官 森鍵一)

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